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069 息抜きに観るんだから、長いものは☓。 [ハリウッドシステム]

069 大衆が求めるものは、長さか、質か?
      映画特許会社(MPPC)の思い上がり

ニールセン2.JPG
●第一次世界大戦前の最高の悲劇女優とされるアスタ・ニールセン(デンマーク)

 イタリア映画界のお話に入る前に、1910年前後、エディスン・トラストと呼ばれた映画特許会社に加盟の、アメリカとフランスの映画会社で行われていたことなどを少々。

●長編映画に目を向けなかった映画特許会社の誤算
 アメリカの映画特許会社(MPPC、別名エディスン
・トラスト)に所属する映画会社は、<長すぎる映画は息抜きになるどころか、かえって観客に苦痛を与え、目を悪くさせるから歓迎されない>という確信のもとに、300メートルのフィルムが開発された時から、一つの作品は300メートルのフィルム1巻で収めることが前提になっていました。

7  edison 7.jpg●MPPCの総帥トーマス・A・エディスン

 「映画は娯楽なのだから、観客の気持ちを開放するものでなければならない。1200mもの長さで1時間もかかるようなものは長すぎて頭も使うから、とても息抜きにならない。まして途中からみたりしたら、訳が分からないままで終わってしまう。

 
それに観客層も考えなければならない。いろいろな観客に楽しんでもらうためにも映画は変化に富むべきである。その意味でも長い映画は言語道断。ニュース、スラップスティック(コメディ)、ロマンス、連続活劇というように短い作品でプログラムを組んでこそ、観客は喜んで何回も来てくれるのだ」
という訳です。

 無声映画で手回しですから、300メートル1巻は約15分です(12分とする資料もあり。早めに回せばそれもまた真なり)。MPPC傘下の「ニッケル・オデオン」では、このような1巻物を何本も組み合わせて2時間ほどの上映プログラムを構成していたのですが、観客は逆に、本数よりももっと見応えのある長い映画を求めるようになっていたのです。

 
すでにデンマークでは130~45分。ドイツでは30分が当たり前の長さになっていたこともあって、ヴァイタグラフ社も別扱いで「運命の男ナポレオン」(1909)や「モーゼ一代記」(1910)などの長尺ものを作りましたが、それも30分と70分程度のものでした。
  こうしたエディスン・トラストの誤った認識は観客の要求に逆行し、自分の首を絞めていくことになります。

GRIFFITH.jpeg●デビッド・W・グリフィス

     
●南北戦争の中での家族愛を描いた「戦い」(1911)の戦闘シーン 1分35秒

  バイオグラフ社の監督D・W・グリフィスも、長くて2巻もの(30分)しか撮らせてもらえないことに欲求不満を抱きながら、「戦い」(1911)、「ケンタッキー丘の抗争」(1912)といったスケールの大きな作品を作っていました。1カットごとの画面構成も、編集のやり方も、はじめの頃と比べて格段に研究されています。  

  フランスではゴーモン社も間もなく、スター・フィルム社のジョルジュ・メリエスの仲介でMPPCに加盟したのですが、パテ・フレール社もゴーモン社もMPPCの規則を守って、長編を作ろうとはしませんでした。
 パテ・フレール社はイタリアやデンマークの映画界を配給面で押さえる一方、イーストマン・コダック社の向こうを張ってフィルム製造に精を出していました。
  ゴーモン社も自社製作は40分程度まで。それ以上の長編は話題性の高い作品を輸入して配給するというやり方に転換していました。つまり両社とも映画製作よりも配給と興行に舵を切ったのです。そしてその輸入先がイタリア映画でした。

レオン・ゴーモン.JPG シャルル・パテ2.JPG
レオン・ゴーモン                  ●シャルル・パテ

 けれどもレオン・ゴーモンは、トーキー映画に先鞭を付けようと、研究を重ねていました。動く写真の次に求められるのは「音声」であることは業界の一致した見解であり、その先鞭をつけることができれば、MPPC内でも発言力が増すでしょう。

 その一方でゴーモンは、巨大映画館の建設を急いでいました。「ゴーモン・パラス」は1,000人もの観客を収容できる世界最大の映画館として、1910年、パリ(現在のクリシ―広場)に登場(最盛期の観客席6,000人)。それは「ニッケル・オデオン」など比較にならない豪華な劇場で、パリジャンたちの度肝を抜きました。
  ゴーモンはその劇場で、音と映像をシンクロさせる「クロノフォン」システムを披露してみせました。ニッケル・オデオンに対して、フランスの方が一足先に映画館時代に突入したのです。
 こうして映画トラスト以外のインデペンデント(独立系映画会社)による長編映画づくりと本格的な映画館の時代が幕を開けたのでした。

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●2枚のレコードを連続再生できた、 ゴーモン社「クロノフォン」 
 
 

●ジョルジュ・メリエスの衰退
 ストーリー映画、トリック映画の祖とされるジョルジュ・メリエスは、映画づくりがすでに個人ではなく組織的に分業で製作するものに変わっていることを知りながら、芸術家として個人で作り続けることを止めませんでした。

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●ジョルジュ・メリエスと「さなぎと黄金の蝶」(1900)

  彼の作品は観客に飽きられていました。彼はマジシャンとしての特異なキャリアを生かして、あの独創的なトリック映画デビューした1896年から10年間に、短編とはいえ500本もの作品を作り続けてきました。それが1909年以降、ほとんどストップした状態で、ニューヨークに開設してあったメリエスの会社はヴァイタグラフ社に買収され、彼のロベール・ウーダン劇場は抵当に入っている有様でした。
  メリエスは1900年から1912年まで、欧米の映画製作者・撮影者組合の会長を務めましたが、これは映画振興に貢献した名誉職のようなものでした。

 
ライバルとはいえシャルル・パテは、同じ映画特許会社(MPPC)に所属しているよしみでジョルジュ・メリエスに救いの手を差し伸べる意味もあって、パテ・フレール社と共同で作品を作ることを申し入れました。

 「ねえメリエスさん。今、イギリスのスコットとノルウェーのアムンゼンが、どちらが先に南極点に到達するかと探検ごっこをしていますが、あの大ヒットした『月世界旅行』を南極に置き換えたら、どんな映画になるでしょうね。あ、お金ならご心配なく、どうぞお好きなだけ」

  メリエスは、好きな映画をまた思う存分作れることがうれしくて、パテの話を喜んで受けることにしました。そして1911年から翌年にかけて、ベストを尽くして「極地征服」他4作品を作り上げました。

 「極地征服」は650メートル、約35分ほどの中篇で、スター・フィルム社の撮影スタジオいっぱいに、頭と両腕が動く精巧な機械仕掛けの雪男が作られました。もちろん、ストーリーもデザインも設計も彼自身で、主役のキャプテンもメリエス自身が演じています。
 雪男の顔は2メートルもの高さがあり、目と耳が動き、氷山の間から大きくせりあがって探検家たちを食べてしまうのですが、その操作には二人の裏方が当たっていました。

極地征服セット.jpg

●ジョルジュ・メリエス「極地征服」1912 2分35秒
 メリエスは自分のパターンを崩さなかったが、同時期のグリフィスは、すでに上の「戦い」のような映画を作っていた。


   「極地征服」の完成試写を見たパテは、衰えるどころかアイディアの枯れないメリエスのすごい仕掛けに驚きました。けれどもそれ以外の何物でもないことを確信できただけでした。

 「メリエスさん、あなたもお聞き及びでしょう。最近バイオグラフ社のマック・セネットが、貧しい身なりをした一見紳士風の男がずっこけたりするフィルムを撮って、人気が出始めてきたことを。どうですか、その向こうを張って喜劇など作られてみては?」

1916 Mack_Sennett.JPG IMGP8781.JPG 
●マック・セネット
         ●チャールズ・チャップリン

 メリエスは2年ほど前にその紳士を、パリのアルハンブラ劇場で見たことがありました。メリエスはそこで、あるステージのリハーサルを行っていたのですが、その青年はイギリスのパントマイム劇団の一員で、パリに巡業に来ていたのでした。
 その時の彼は立派な服装の紳士で、通りすがりの女の子をからかう酔っぱらいのギャグで受けていたのですが、メリエスのパントマイムの笑いとは違う種類のものでした。

 シャルル・パテはそれとなくメリエスにも喜劇路線への変更を勧めたのですが、それはメリエスにとっては自分の存在を否定されること。このパテ・フレール社との共同製作のあと、ジョルジュ・メリエスは映画製作から離れることになります。


  それから3年後、落胆のメリエスに、映画史上一大エポックとなる「国民の創生」の製作を開始するに当たって、「私はメリエスにすべてを負っている」と賛辞を送って励ましたのは、D・W・グリフィスでした。 
                                                                               
つづく

★添付の動画は本来は無声映画です。
 音楽や効果音は、当時の公開状況を想定して後世に付けられたものです。


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